必死になることから離れてみよう
こんにちは!
昨日の大寒も寒かったですが今日もまだ寒いですね。
でも、Twitterでも見かけましたが
日が長くなってきてますね。
雪害で気が付きませんでした。
さて、そんな寒い日が続いておりますが
発表会が終わっても落ち込んでいる方も多分いらっしゃるのではと思い
今日はあるサイトでそれと関連した言葉に目が留まりましたので
そこからヒントを得ましてお話しようかなと思います。
そう、目に留まった言葉は
「必死」という言葉です。
何年か前にもこの言葉についてのブログを挙げたことがあります。
実はこの言葉結構な頻度で現れるのです。
25年以上前になりますけど
ジャズやポピュラーピアノの講師をされてた先生との会話で
ふとその先生がおっしゃったことを思い出しました。
「必死に練習するってよく言うでしょ?
あれどうかと思うんですよ。
だって、必死っていう漢字嫌じゃないですか?
必ず死ぬって書くの(笑)
だから必死に練習しちゃいけないんです」
って二人でその場で大爆笑しました。
音楽で死んではいけないですよね~。
音楽は音を楽しむものだしね。
そうそう、私それを忘れていつも必死になって練習してました。
その割にはあまり上達してないのですよね。
最近ではむしろ酷くなる感じがしてます。
これもFジストニアにも関係していると最近思うようになりました。
必死になると必ず死ぬ、ということではなくて
自分の見えている範囲が狭くなる
他が見えなくなる・・・・ということを言う人がいて
なるほどな、と思いました。
必死になると広い面を見えていたものが
その中の点にしがみついている感じがします。
よく、私のレッスンでも
「もっと広い範囲を見るようにしてみて」
とか言うのはそういうことなのですが、
そういった物理的なものの他に
自分の五感の使い方もいつのまにかバラバラになって
出来ないことだけに集中しすぎてしまったり
これができなければ共演者に迷惑をかけるとか
音楽に関することではないことで頭が縛られてしまったりするのです。
気が付かないうちに・・
それに気づかないで走り続けると自分の首を絞めてしまう結果になる。
真面目な人ほどそうなりやすい気がします。
ですから、この必死さはいらないよね・・・ということです。
とりあえず、自分を緩めてあげたら良いのではと思います。
必死という言葉を必ず出来るから、に変えてみましょう。
実際に初見でも結構吹けたり
本番が終わって少し時間をおいてやってみると
出来なかったのが不思議に思えたりするときもあります。
見えてなかった音も見えたり聴こえたりしてきます。
これは、自問自答もあるし
同じように悩んでいる人がいたらと思い記事にしてみました。
部分練習ばかり必死でさらわないで
全体としてまとまりを感じてみると良いかもしれません。
そこばかり集中しすぎず、
じゃぁ、今日はこういうふうにしてみようかな、とか
頭を切り替えられると良いですね。