コラム

自律訓練法のススメ (2004.10.26)

私は非常に長い間、正確に言えばつい最近まで緊張、上がりにより音を思うように表現するということが出来ずにとても悩んでいました。師事していた先生には技術的なことよりもメンタルトレーニングをしたほうが良いとまで言われていました。(もちろん音楽的なことはこれからずっと先まで研究する必要がありますが)
それだけではない、様々な理由で以前から興味のあった心理学、心理カウンセリングの世界へ飛び込みました。そこで自分のことを見つめなおすという辛い作業も伴いました。何故、自分がこれほどまでに人前で演奏するときに緊張してしまうのか。それは、私の場合ですが、「恥をかきたくない」という想いが強かったのでした。何故恥をかきたくないか・・・。失敗を恐れる理由はいろいろ挙げられます。他の人にはまたそれぞれな理由があります。それはなにも音楽上に限ったものではなく、心の隅にある小さな傷の積み重ねも関係しているのではないかと感じ学びました。
たぶん、どんな人でも心の奥深く傷として残っているものはあると思います。

しかし、それがどんなときに表面化するかは自分には分からないことでもあります。そしてまた、長い年月を経ていろいろな場面で緊張することを学習してきてしまっているのも事実です。それが悪いとか良いとかを言いたいのではありません。本当は楽に上達するはずのものも、人それぞれ違う「緊張」状態でそれが阻害されるということもあり得るということなのです。
上達するにはさまざまな壁を乗り越えなければならないことは確かです。物事を達成するにはそれなりのエネルギーが必要でもあります。しかし、もしその壁をもう少し楽に越えることができたら、次のハードルも越えられる自信に繋がるのではないかと考えました。肉体的トレーニングが辛くても、精神的な負担が少なければ少ないほどそれは容易になると思うようになりました。乗り越えた壁の向こうには素晴らしい世界が待っているかもしれません。

ある書籍の中で、何の本だったか思い出せませんが、(思いだしたら紹介したいと思います)、バイオリニストであり作曲家で天才といわれたクライスラーはバイオリンを弾く上で苦しいと感じたことはない、練習もしなかったそうです。そこである人が初見で間違いなく弾いてしまうということに、「緊張はしないのか?」という問いに対し、クライスラーは「私は緊張したこはない。」という言葉を残したそうです。しかし、ここで気をつけていただきたいのですが、練習をしなくても名手になれる、という意味ではないのです。練習していること、それ自体本人が自覚できないほどの「音と遊ぶ」という精神が備わっているということです。練習が遊びとなるほどの集中力を持てたなら、真に音を楽しむことができるのです。これは何も音楽に限ったことではありません。

そうは言っても、私たちは「○○のように立派になるためには、努力と忍耐が無ければならない」「・・・ねばならない」と学習してきました。確かに、クライスラーのような人を端から見れば、あたかも「血の滲むような努力」をしているかのように見えても、本人にとってはそれは「遊び」としか思わないものだとしたらどうでしょう?「怒られるから」「練習しなきゃ落ちこぼれる」という自己否定的な思い、ある種の恐怖感で心を埋められていたら、そこに不必要な緊張が生まれます。そして自由なのびのびとした音のコミュニケートが阻まれるように思います。

緊張状態はある意味気をひきしめられるという良い面もありますが、多くはそれはストレスとなり、自律神経に異常をきたし、長い間蓄積され、結果として筋肉を硬直させてしまう要因になり得るのです。また、精神的な緊張から伴う筋肉の硬直は身体の歪みも作ってしまいます。歪みから生じるさまざまな身体的負担も増し、悪循環になるように思うのです。

さて、そこで、私たちはどうしたらそこから解放されるか。自己の内面を見つめることも大事でしょうが、とにかく「緊張→筋肉の硬直」から開放されるようになれば良いことです。身体の奥深くからエネルギーに満ちた息で、のびのびと広がる音が出せるように、あるいは、音楽でなくても。しかし、筋肉の硬直をとることは至難の業です。

私は長い間の経験から、演奏時における「震え」が来たときに震えているところからまったく別のところへ意識を向けていくことで対処していました。しかし、それもなかなか上手くいかないときのほうが多くありました。手の震えはどうにでもなると思うのですが、顎にいってしまうと音に影響するので大変です。そのときに集中の糸が切れて普段間違わないミスもおかしかねません。顎が震えてきたら丹田に意識を集めたりします。(もっとも、本人がそんなことで苦しんでいるなどと聴きにきてくださっている方々には分からないものなのですが、、、)

しかし、場数をこなしても、どんな小さなコンサートでもある程度までは舞台慣れはしたものの、同じことの繰り返しでした。何故か、と自分でいつも問いかけをしていました。そこには自分への否定的な言葉がそうさせていることに気づいたのです。本番が近くなれば、「もし、○○だったら、失敗する」「失敗したら○○になってしまう」という言葉で毎日練習していたことに。練習すればするほど筋肉が固まり思うようにならない。でも練習しないとさらに悪化するのではないか、と自分を恐怖で埋め尽くしていました。自分を信じることができなかったのです。結果自律神経にも影響を及ぼしました。そうではなく、肯定的なイメージで自己暗示にかけていたら(所謂イメージトレーニング)、身体的な異常(腱鞘炎や慢性的な肩こりなど)も伴わずに済んだのではないかということです。

ある日、師事していた先生から自律訓練法やセルフコントロールについて教えていただきました。演奏家になるために、音楽学校(ヨーロッパ)でも授業の一環として取り入れられていた、ということでした。

ちょうど、そのころカウンセリングの講座で知り合った友人がかなり長い間「自立訓練法」をしていて、心理カウンセラーとして指導する立場にもなっていたので、指導を受けることになりました。自分ではなかなか出来なかったことも、友人の素晴らしい誘導のもと1ヶ月に1度通い、家ではデモCDを聞きながら毎日行いました。誘導の中には肯定的な言葉もしっかり入ってはいました。しかし、しばらくは効果として感じるものはあまりありませんでした。脱力法もフルートを吹く上では必要不可欠のものだったので難なく出来たし、温感もすぐにつかめましたが、肝心の舞台の上では効き目なしといったところでした。

それから丁度1年くらい経った頃、いつのまにか筋肉の硬直、こわばりが半減し、自分の中でははっきりとはわからない、変わった自分を発見したのです。それまでの肩こりも今はほとんど苦痛にならないほどになり、本番でも不本意だったことも引きずることも無いのに気がついたのです。ある部分でのストレス耐性ができたのではないかと思っています。自分のなかでの「失敗」とは一体なんだったのか・・・。肯定的なイメージの大切さをほんの少しですが実感したようです。
思えば、私は10年前に一度勧められた「自立訓練法」ですが、毎日続けるということあっさりと諦めてしまいました。今はもっと早くにきちんと指導を受けながら行っていたら・・・と思ってます。

リラックスやセルフコントロールには人ぞれぞれ、続けていく方法を選択していく自由があります。その中に「自立訓練法」を選択肢として置いてみるのも良いと思います。ただ、私がそうであるように、自分自身で選択して実行する、というものでなければなりません。強制するものであってはいけないと。(そういう私はそのときの状況でついつい勧めてしまうことがありますが・・・。)

※自立訓練法は心療内科、心理カウンセリングルームなどで(無いところもありますが)指導してくれるところがあります。身体的な持病を持っている場合注意しなければならないことがありますので、持病をお持ちの方は主治医や診療内科などで相談されながら行うことをお勧めします。
自律訓練についていくつか質問がありましたのが、その道の専門職ではないので下記の書籍を参考されることをお勧めいたします。
▲自律訓練法の実際―心身の健のために…佐々木 雄二 (著)